常識を超えた福祉施設 利用者みんながアーティスト~スタジオクーカ

訪問してわずか数分で、スタジオ・クーカに魅せられてしまった

 

 スタジオ・クーカのことを知ったのは、鹿児島に住む16歳の自閉症の少年・H君の絵画展を開きたくて、ギャラリーを探して回っているときのことだった。H君は、パソコンを使って、とても素敵な絵を描く。鹿児島では何度か展覧会を開いているが、これだけの絵なのだから、東京でやった方がいいと、彼の絵を見た人が後押しをして企画が始まった。自閉症の人の中には驚くほどの才能をもっている人がいると聞いたことがある。H君もその一人だろう。彼の絵に心打たれて、私も東京での絵画展の応援をすることにした。できれば、目立つところでやりたいねと、東京・青山にあるギャラリーの見学に行ったとき、たまたま開催されていたのが、スタジオ・クーカに通う人たちが描いた絵の展覧会だった。それが、障がい者と言われる人たちの才能にさらに目を開かされるきっかけとなり、雪上を転がる雪玉のように、障がいをもつ人の絵に対する興味が膨らんでいくのだから、我ながら、面白い流れに乗ったものだと、うれしくなってくる。

ギャラリーに入るなり、個性豊かな絵たちが目に飛び込んできた。「これ、すごいねえ!」というありきたりの感嘆の言葉しか出せなかったが、言葉を超えて引きつけるエネルギーが、飾られている絵からは発散されていた。夢中になって、味わい深い絵を一枚一枚ながめた。何ともわくわくと浮き立つ気持ちが心の底から湧き上がってきて、心も体も温かくなってくる。スタジオ・クーカとは、どういうところなのだろうか? いったいどんな人がこんなにもすばらしい絵を描いているのか? 俄然、興味が湧いてきた。受付にいたスタジオ・クーカのスタッフだという女性に話を聞いた。そこでわかったことは、スタジオ・クーカというのは、神奈川県平塚市にある、知的、身体、精神など、さまざまな障がいをもった人が通っている福祉施設だということ。そこでは、障がいをもった方が、絵を描いたり、音楽をやったり、人形劇をやったりと、アーティスティックな活動をしているらしい。特に、絵はあちこちから声がかかって企画展が開かれるほどで、さまざまなグッズに使われたりもしているそうだ。さらに、施設長がとてもユニークな人らしく、彼の障がい者への独特の眼差し・態度によって、施設全体に自由な雰囲気が漂っているのだと言う。自由にのびのびと過ごすことができるので、彼らの絵とか音楽といった芸術面での才能が引き出され、一般の人たちからも高い評価を得るようにまでなったようだ。

 ますます興味が出てきた。もうこうなったら、訪ねて行くしかない。数日後、「見学させてください」と電話をして、どんな人たちが待っているのかわくわくしながら出かけて行った。JR平塚駅からバスに乗って10分ほど。桧扇(ひおうぎ)町というバス停で降りて、歩いてすぐのところにスタジオ・クーカはあった。玄関では、ほっとするようなカラフルな絵が出迎えてくれる。かわいい女の子とキリンとネコちゃん、きれいな虹もある。中へ入ると、そこにも所狭しと絵が描かれている。わくわく度のギアが一気に数段アップする。でも、何だかちょっと慌ただしいぞ。何人かの人が階段を上っていったり、降りてきたり。来客の気配を感じてか、奥の部屋からも何人かが顔を出す。だれにあいさつしたらいいのだろう? 戸惑っていると、「どなたですか?」「どこから来たのですか?」と、あちこちから声をかけられる。「ちょっと見学に来ました」と言うと、「では2階へ行ってください」と、また違う方向から声が聞こえてきた。靴をスリッパに履き替えて、階段を上ると、さっと私の横へ来た男性が、「これ、ぼくが描いた絵です」と、踊り場の壁に飾ってある絵を指差す。わお、これは何だ。ゴリラ。骸骨だよね。骸骨なのに歩いているんだ。すごいね、生き生きした骸骨だ。後ろに満月。下の方に、びりびり破った感じの隙間が開いている。あれは、口かなあ。なんて斬新なんだ。細かい線で描かれたカラフルな模様の猫も出迎えてくれた。ちょっと前かがみになって、「いらっしゃいませ」と言っている感じだ。もう一匹は、首を左に向けて、「あちらです」と案内している風情だ。

 玄関を入ってわずか数分。私は、すっかりクーカの世界に引き込まれてしまった。

 スタッフルームへ案内され、いよいよ施設長の関根幹司(もとし)さんとのご対面だ。年のころは50歳くらい。細身でとても背が高い。真ん丸メガネの奥の目がとてもやさしそうで安心した。

「話の前に、見学をしませんか」

 ということで、みなさんがどんなふうに絵を描いているのが見せてもらうことにした。ここは福祉施設ではあるが、だれもがアーティスト。だから、彼らの仕事場は、アトリエと呼ばれている。

 アトリエに入ると、またまた大歓迎を受けた。ある人は、「私の絵を見て」と自分の絵を何枚も見せてくれたり、「なんて名前? どこから来たの」と、私に関心をもってくれたり、うれしくなってくる。


シャチのことなら何でも知っている笑顔の素敵な自閉症の青年

 

 その中に、私が会いたいと思っていたアーティストがいた。ペンネーム辻太郎君。青山のギャラリーで、たくさんのシャチを画用紙一面に描いていた彼の絵が目に止まった。

「彼は、シャチの絵ばかりを描くんです」

 と、係の人が教えてくれた。

「それに、シャチのことなら学者さんと同じくらいに知っているかもしれません。日本にいるシャチなら、名前から特徴、性格まで、全部知っているんですよ」

 と言っていた。面白いじゃないか。彼のシャチは、筆箱のデザインとして採用されていた。私は、それを購入し、大切に使っている。

「君が辻太郎君か、会いたかったよ」

 と、声をかけた。20代半ばだろうか。ニコニコと笑顔が素敵な青年だ。自閉症だそうだ。辻太郎君は、初対面のぼくに声をかけられてもびっくりすることもなく、シャチのことを話し始めた。シャチにもいろいろな種類があるらしい。海によって、住んでいるシャチの種類が違うのだそうだ。○○海には、○○というシャチがいますと、彼の講義が始まった。そして、自分のアトリエ(彼は独り言が多く、まわりから静かにしてほしいとクレームがつくので、カーテンで囲ったスペースを仕事場にしている)から次々と絵を出してきてくれては、シャチの話をしてくれる。「これはベーリング海のシャチです「これはシャチがイルカを捕食しているところです」と、話しが尽きない。

「君は、日本の水族館にいるシャチの名前を全部知っているんだって」

と聞くと、「知っていますよ。鴨川シーワールドにはラビイ、ララ、アース、ルーナの4頭がいます。名古屋港水族館には、ステラ、ラン、リンがいるでしょ。ビンゴというのもいたけど、死んじゃいました」と、次々とシャチの名前が出てくる。2歳で亡くなったシャチのこと、そのお母さんはどんなお母さんだったか、江の島水族館にいたシャチの母子の話など、事細かに話してくれる。

「どうしてシャチの絵を描くの?」

「海に念を送っているんです。シャチがもっともっと増えるように」

「増えたらどうなるの?」

「海にシャチがあふれれば、水族館で捕獲できるでしょ。そしたら、水族館のシャチも増えるから」

 きっと、彼は、もっともっとたくさんのシャチと触れ合いたいのだろう。シャチが好き好きでたまらないという思いが、彼の口調や表情から伝わってくる。休みには、水族館巡りをし、ネットでもシャチの情報を絶えず仕入れている。 

辻太郎君がクーカへやって来たのは2年前。別の施設から移ってきた。前の施設では、パンを焼いていた。もちろん、そこでシャチの絵など描くことはしなかった。シャチのことを、こんなにもうれしそうに話すようになったのは、クーカへ来てからのことだ。

「クーカは、ぼくのお家のような感じだよ」

 と、うれしそうに話してくれる。クーカへ来て、それまで抑えてきたものが、一気に解き放たれたという感じがする。思う存分、好きなことをやっている。だれも止めたりとがめたりすることがない。だから楽しい。楽しいからこそ、才能は開花し、育っていく。辻太郎君ばかりではない。みんなが、のびのびと自分を表現しているのだ。60歳を過ぎるまでまったく絵など描いたことのない知的な障がいをもつ男性の絵が、今、とても評判になっていると言う。描けるとはだれも思っていなかった。しかし、環境が変わり、やってみようと思って描き始めると、思わぬ才能が自分にあることに気づかされる。

 黙々と作品作りをしている人がいれば、歩き回っている人がいる。それぞれが、やりたいことをしている。何もやりたくなければソファでゴロゴロしていてもいい。スタッフが指導しているという光景もない。見ているだけで、心がほんわかと温かくなってくる。知らず知らずのうちに、顔がにんまりとしてくる。だれかれとなくつかまえては、抱きしめたくなってくる。何なんだ、この雰囲気は? こういう場を作り上げられるなんて、ここの施設長は只者ではないぞ。関根さんに話を聞かなきゃいけない。

「どうして、こういうことやろうって思われたのですか?」

「もともと、企業の下請けの単純な作業だけをやる施設にはしたくないというのはありました。一人ひとり、得手不得手があるじゃないですか。たとえば、ボールペンを組み立てるというような簡単な作業が好きで得意な人もいます。そういう人はそういう作業をすればいいと思いますが、みんながみんな、同じことをする必要はなくて、ほかに得意なことがあれば、それをすればいいと思うのです」

 知的な障がいがあると、生産性の高い仕事はできないと思われているので、簡単な仕事をやらせようとする。親も、何でもいいから、仕事をして、少しでもお金を稼げればうれしいわけだ。しかし、関根さんは、そういう考え方に、どこか違和感をもっていた。障がい者と言うのは、いわゆる平均値から離れた特性をもった人たちであって、劣った人ではないと、彼らとかかわってきて、感じるものがあったのだ。

「ボールペンの組み立てのような簡単な作業ができない人や、興味がなくてやらない人もいるわけです。そういう人は、隅っこの方で自由に絵を描いてもらっていました。画用紙を真っ黒に塗ったり、画用紙に穴が開くほど重ね塗りをしたりしていましたが、何か、私はその絵が面白かったんですね。

 たとえば、画用紙に色を塗るとき、太い筆にたっぷりと絵具をつけて、机の上にもぼたぼたと絵具を落としながら、画用紙にべたっと塗りつける人がいました。絵具のたれ具合とか、塗り方に、何かを感じたんですね」

 そんなことがあって、関根さんは、福祉展示会に彼らの絵を出すことにした。しかし、ほとんど反応はなかった。そこで、思い切ったことをやることにした。


落書きだと思われていた絵が、ある日を境にアートになった

 

 福祉という分野を飛び越えて、一般のアートとして通用しないだろうかと考えたのだ。

「東京の人がたくさん集まるところでギャラリーを借りて展示会をしようと思いました。これには、親御さんから反対されました。あんなの絵じゃないでしょう。落書きです。机に描いたり、画用紙もびりびりに破ったりする。あれは破壊行為ですよ。なんて言われました。落書きを褒めるより、ボールペンを組み立てられるようにしてくれる方がありがたいと言うわけですね。その気持ちもよくわかります。でも、そういう反対を押し切って、銀座のギャラリーで展覧会を開きました」

 そしたら思わぬことが起こってきたのだ。福祉展示会ではだれも見向きもしなかったのに、銀座のギャラリーには、絵の専門家がやってきて、彼らの絵を高く評価してくれて、さらには買ってくれる人まで出てきたのだ。

 ゴミだと思われていたものが、芸術として評価されたのである。絵を描いた本人たちもびっくり仰天、親たちも、「うちの子の、あれがアートなんですか」と、まさに青天の霹靂に戸惑うばかりだ。

「そのうち、施設の見学の依頼までくるようになりました。それまでは、入所希望者とか同業者、たまに行政の人くらいですよ、見学をしたいというのは。ところが、展示会をやってからは、絵の好きな人から、『アトリエにお邪魔していいですか。ぜひ、作家さんにお会いしたい』と電話が入るようになりました。施設ではなく、アトリエでしょう。それに作家さんですよ」

 天と地がひっくり返るようなことが起こってきたのだ。展覧会を重ねるうち、評価はどんどんと高まっていき、マスコミでも取り上げられるようになった。絵を描く人が増えてきて、それに刺激されて、自分もやりたいと言い出す人も出てきた。もちろん、上手下手があって、売れっ子になる“作家”もいれば、そうじゃない”作家“もいる。でも、みんなが自分たちはアトリエに通い、絵を描くことを生業としているという誇りをもっている。

「たとえば、絵が10万円で売れたとすると、半分の5万円は作家にいきます。残りの5万円は、半分は材料費、半分は全員の工賃となります」

 自分の才能が評価され、それが収入になり、一部は、みんなに分配される。これは、大変な生きがいだろう。すばらしいシステムだと、感心させられる。

 スタジオ・クーカでは、やらなければならないことは何一つない。来たいときに来て、絵を描きたければ描き、太鼓を叩きたかったら叩き、ゴロゴロしていたかったらゴロゴロして、一日を過ごす。関根さんたちスタッフも、日々の業務をこなしながら、彼らと一緒に楽しく暮らしている。スタジオ・クーカは、障がいのある人を社会に適応させるために教育したり、トレーニングをする場所ではない。自分が何をしたいかを見つけ、自分を表現する場なのだ。

「障がい者の社会適応とよく言いますが、私は、社会の障がい者適応が大切だと思っています」

 と、しびれることを言ってくれる関根さん。決して、順風満帆だったはずがない。今でも、さまざまな葛藤があることだろう。しかし、新しい価値観をもって人よりも一歩先を進むには、向かい風を一身に受ける使命感と覚悟が必要だ。関根さんの柔和な目の奥には、強い光が宿っている。そして、彼を支えているのは、ここを利用する愉快な仲間たちだ。素敵な関係を見せてもらった。幸せが心の中に広がっていく。

 

スタジオ・クーカ

2540052

平塚市平塚41516

0463735303

cooca@piala.to

http://www.studiocooca.com/


月刊ハイゲンキ2015年3月号の「行動派たちの新世紀」に掲載したものです。

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