植物状態になっても思いはもっている。回復もできる~映画「僕のうしろに道はできる」

絶望することなんかない。希望の光が満ちてくる映画

 

 今、私たちが知らなければならないこと。いっぱいあるけれど、そのひとつに、人間には驚くべき可能性があるということ。無理だよ、できないよ、もうダメだ。そうやってあきらめたくなることはたくさんあるかもしれないが、絶望なんかすることない。できる、できる、大丈夫。ぜひ、『僕のうしろに道はできる』という映画を見てほしい。全国各地で自主上映会もが認していただきたいと思う。

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 私は、2013年3月24日に、東京・日野市で行われた上映会で、初めてこの映画を見た。なぜかわからないが、この映画のことを知ったとき、「これは絶対に見る」と、心に決めていた。内容も詳しく知らなかったのに。理屈ではなく、心がひきつけられる。たまに、そういった衝動を感じさせる本や映画がある。この映画に関しては、強いて理由を探せば、山元加津子さんのドキュメンタリーだということがある。まずは、加津子さんのことから話を始めていこう。加津子さんに初めてお会いしたのは15年以上も前になるだろうか。あるイベントで、加津子さんが勤める特別支援学校の生徒さんたちの作品の展示を見る機会があった。あのころ、私は、特別支援学校の生徒さんというと、体が不自由だったり、知的な遅れがあって、何もできない子たちだと思い込んでいた。その展示会は、私の考えを大きく覆すきっかけとなった。すごい! のひと言。原田大助君という子の詩には、目が釘付けになった。相田みつをさんの詩のような感動的な言葉が並んでいるのだからびっくりだ。ほかにも、すてきな絵があり、みんなで作った大きな幟のようなものもあったように記憶している。本当に、これを特別支援学校の子が作ったのかと目を疑い、主催者に話を聞いた。彼らの先生である山元加津子さんが、彼らの能力を信じ、彼らからこの才能を引き出したのだと、主催者は教えてくれた。それを聞いて、もう加津子さんに会いたくてたまらなくなった。それから、加津子さんに連絡を取り、真氣光の中川会長と一緒に石川県のご自宅を訪ねて、月刊ハイゲンキの対談が実現した。その後、私の出版記念会で講演をしていただいたこともある。

 無重力の空間で暮らしているような人だと、私は思った。常識という重力に引っ張られて、私たちは生きている。ある意味、だからこそ安全なのだが、窮屈でもある。彼女は重力から解き放たれている。地面に足をつけている側から見ると、危なくって仕方ない。でも、彼女は平気だ。なぜなら、自分は宇宙に抱かれているということを感じているから。彼女は、宇宙とつながっているのである。

 そんな彼女だからこそ、特別支援学校の子どもたちが、生き生き、のびのび、自分の能力を遺憾なく発揮できるようになる。世間の常識という檻の中で、彼らはつらく悲しい思いをしながら生きている。加津子さんは、そんな彼らを檻の外に出してくれる救世主でもあったのだ。彼女のまわりには、数え切れないほどの、奇跡とも言える感動的なドラマがある。多すぎて、奇跡とは言えないほどだ。たくさんの本が出ているので、ぜひ読んでいただきたい。私たちも、常識という重力に縛られていることに気づけると思う。そして、少しは重力から解放されて自由になれる自分を感じるはずである。

伝えたいのに伝えられない苦しみ。どんな状態でも思いはある

 

「僕たちのうしろに道はできる」は、彼女の同僚が脳幹出血で倒れたことがきっかけとなってできた映画である。宮田さんという男性で、子どもたちから「宮ぷー、宮ぷー」と呼ばれ、とても慕われていた。病状は深刻だった。脳幹という生命を維持するための重要な部位に広範囲の出血があって、主治医からは、3時間の命と言われたそうだ。それを乗り越えたときには、3日の命と言われ、もし命が助かってもずっと植物状態だと宣告された。しかし、加津子さんはあきらめなかった。宮ぷーは、まったく意識がないように見えるが、自分たちが話していることも聞こえているし、自分の意志を伝えたいという気持ちがあるはずだと信じていた。根拠がないわけではなかった。加津子さんは、無脳症と診断された子や脳が壊滅状態と言われた子どもたちとかかわってきたが、その子たちには意志もあれば感情もあった。だから、宮ぷーも大丈夫だ。そう信じていた。ここから、加津子さんの常識を破る挑戦が始まった。宮ぷーの体を起こしたり、マッサージをしたり、声をかけたり。これまでの医学常識では、そんなことは無駄な努力だった。しかし、加津子さんによって、その常識が覆されていくのだ。宮ぷーは、意識を取り戻し、自分の意志が伝えられ、さらには車椅子で散歩ができるまでに回復したのである。

 想像してみてほしい。自分が倒れてしまって植物状態となってしまったとしよう。体はまったく動かない。しかし、意識はある。ベッドの横でしゃべっている人の話も聞こえてくるし、理解もできる。その話の内容から、自分の置かれた状況が徐々にわかってくる。もう自分は意識がなく、何もわかっていないと思われている。でも、現実には、倒れる前と同じようにすべてがわかっている。そのことを伝えたい。でも、口も手も目も動かない。伝えられない。家族が嘆き悲しんでいるのもよくわかる。絶望している気持ちが伝わってくる。「大丈夫だよ」「意識もあるよ」と伝えるだけで、どれだけ、彼らは安心することか。希望がわいてくることか。伝えたい、伝えられない、伝えたい、伝えられない・・・。

 こんな状況、想像するだけで怖くて身震いしてしまう。生きているのに、生きているようには扱ってもらえない。今、世界中に、そんな人がたくさんいる。

 加津子さんの懸命の介護で、宮ぷーさんは意識を取り戻した。寝かせたままだと、どんどんと体の機能は衰えていくのだそうだ。とにかく、体を起こしたり、声をかけたり、この人には意識があるんだということを前提に、それを信じて、とことん付き合うことで、宮ぷーのようにあり得ないと思われていた回復が現実に起こってくる。意識が戻った宮ぷーをよく観察すると、まぶたが動くことに、加津子さんは気づいた。つまり、まぶたを動かすことで、宮ぷーはイエス、ノーの意志を伝えることができる。どこでもいいから、ほんの少しでもいいから、自分の意志で動かせるところがあれば、それだけでコミュニケーションができるようになるのである。加津子さんがやったのは、「あかさたなスキャン」。このスキャンを簡単に紹介しておこう。

たとえば、「何が食べたい」と質問する。「チョコ」と答えたいとする。質問者は、ゆっくりと、「あ・か・さ・た・な・・」と声に出して言う。答える側は、「た」と言ったときに、自分の動く部分を動かせる。「た行」に言いたい言葉がありますよという意思表示だ。次に、質問者は、「た・ち・つ・て・と」と言う。答える側は、「ち」で意思表示をする。これで、「ち」が最初の文字として確定する。次の文字も同じようにやって、「よ」を確定させる。さらに「こ」。そうやって「チョコ」と答えるのだ。「あかさたなスキャン」を知るだけで、どれだけの人が救われることか。倒れてしまった人にとっても、介護する人にとっても、お釈迦様が垂らしてくれた蜘蛛の糸だ。すがってほしいと思う。

 この映画には、「奇跡が奇跡でなくなる日に向かって」という副題が付けられている。現時点では、宮ぷーの身に起こったことは、奇跡と言われてしまう。しかし、それを奇跡ではなく当たり前のことにするためのノウハウ――意識を取り戻したり、体の一部が動かせるようになるリハビリ法や「あかさたなスキャン」のようなコミュニケーション方法――は、常識にとらわれない人たちの努力によって、かなり確立されている。実際に、その方法で回復している人たちも増えてきている。医療者の方々が、一生懸命に治療や看護に当たってくれていることには敬意を表するが、この映画を見ていただいて、こんな可能性もあるんだと知ってくだされば、奇跡が奇跡でなくなる日が、少しだけ近くなるはずだ。私は、長年氣の世界を見てきたが、治らないとされた病気が氣で良くなった場面をずいぶんと見てきた。氣功師にも協力してもらえば、可能性はさらに大きくなるかもしれないと、思いは広がっていく。

行動して気づき、さらに気づいたことを行動に移す

 

 私の次の興味は、どんな人が、この映画を作ったのだろうかということだった。カメラを回しながら、きっと監督の心は打ち震えているんだろうなと、見ていて伝わってくるものがあった。感動させてやろうとか、教えてやろうという、そんな上からくる目線はまったくない。だから、気持ちよく見終えることができるのだろう。

 そんなことを思っていたら、知り合いに紹介されて、この映画を作った岩崎靖子さんに会えるチャンスが訪れた。彼女は、とても素直で素直な方で、自分をより大きく見せようとか、高い評価を得たいとか、そんなエネルギーはみじんたりとも感じさせないふんわりとした温かみをもっていた。加津子さんと同じような雰囲気をもっている。彼女も、無重力の世界に足を踏み入れているのかもしれない。

 しかし、かつては重力でがんじがらめになっていたようだ。

「私は、もともとOLで、人前でものをしゃべるのが極端に苦手でした。そのため、コンプレックスのかたまりで、引っ込み思案だったので、友だちもあまりいませんでした。いつも人の評価を気にしていて、上司の期待に応えないといけない、後輩からもよく思われないといけないというプレッシャーで押しつぶされそうでした。

 あるとき、ふっとカウンセラーの勉強をしようと思って、コーチングを習いに行きました。それがきっかけで、人生が変わりました。そこで言われたのは、日本人は情緒的だから、心や感情を大事にするけれども、それが人の能力を狭めることもあるということでした。こわいという感情とやるかやらないという行動をくっつけてしまうんですね。こわいからやめておこう、やる気がないからやめておこう、自信がないから行動しないというふうになってしまいます。くっつけなくていいじゃないかって言われました。こわいけどやるとか、自信がなくても行動するとか、やる気がないまま仕事をするでいいじゃないかという話を聞いて、目からうろこが落ちました。自信がなくても、行動することはできますよね。

自信がなくて、コンプレックスの塊で、おどおどした自分でOKなんだって思ったとき、頭の中で鐘がなったみたいになって、自分が変わってしまいました」

加津子さんのように生まれつき無重力で生きてきたような人を、重力の中で苦悩しながらあるときパッと重力の呪縛から解き放たれたような人が描くと、天と地とのつながりを、その作品の中に描けるのかもしれない。

岩崎さんは、気づいたらすぐに行動した。何をしたか。苦手だと思っていた人前でしゃべることが本当はしたかったのだと気づき、小さな劇団に入って、女優を始めてしまったのだ。1年後に主役をもらった。それまでの自分だったら、舞台に立っているなんてあり得ないことだった。スイッチが入ったらもう止まらない。テレビのCMにまで出たのである。ひとつの行動と気づき、さらにその気づきに基づいて行動することで、岩崎さんの人生はがらがらと音を立てて変わっていったのだ。

「でも、自分がやるのは女優じゃないなと思いました。女優は、与えられた役をうまく演じるのが仕事だけど、私がやりたいのは自分の思いを表現することでしたから。それなら、自分で作ればいいと思い、大好きなドキュメンタリーに挑戦しようと思いました」

 さらなる変化を求めて、彼女は決心した。しかし、映像など撮ったこともない人である。何から始めていいかわからない。ところが、天は自ら助くるものを助けく。必要な人とのつながりが次々と出てくるのである。映像の仕事をしている小野敬広さん、映画を撮りたいと思っていた入江冨美子さん。そして、何と言っても、加津子さんとの出会いである。

 加津子さんと岩崎さんを並べて見ると、共通するところがいくつも見えてくる。「思い」の強さは、彼女たちの生き方の根本にある。世の中の常識よりも、自分の思いを優先して行動してきた。その思いが、宮ぷーに奇跡の回復をもたらせ、すばらしい映画を世に出させたのだ。常識にとらわれない行動力がいかに大切か、2人は、自らの生き方を通して、見せてくれている。

 日野での上映会のときに、加津子さんと久しぶりに会ったが、彼女は意識がないと思われている人の代弁者として、「私たちの声を聞いてほしい」という切実な訴えを、本気になって伝えようとしているのを感じた。「だれもが思いをもっていて回復する可能性があることが当たり前になっていく世の中を作ろう」という彼女が始めた運動を「白雪姫プロジェクト」と言う。王子様や小人たちの愛によってよみがえった白雪姫の物語からこの名前はつけられたと言う。加津子さんは、このプロジェクトを自分のライフワークにすることを決心したのだと、私は理解した。そして、それを伝達者としてサポートする岩崎さんも、覚悟を決めて行動していると感じた。覚悟を決めた人のまわりには、エネルギーのある人たちが集まってくる。そうやって世の中は変わっていく。「僕のうしろに道はできる」というタイトルは、宮ぷーが語った言葉から決まったようだが、彼は、加津子さん、岩崎さん、そのまわりに集まってきた志の高い人たちを代表して語ったような気がする。すべての人に無限の可能性があることを、ぜひこの映画から感じ取っていただきたい。

 

参考書籍 「僕のうしろに道はできる」(三五館) 山元加津子編著

月刊ハイゲンキ2013年5月号の「行動派たちの新世紀」に掲載したものです。

写真提供 ハートオブミラクル。

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