思い込みやとらわれから解放され、事実を見つめることで心が解放される~内観

本当の幸せは、物質レベルで語れるものではない

 

 マインドコントロールというと、いわゆる悪徳な宗教やビジネスが信者、会員を囲い込むために行う心理操作と思われている。しかし、実際には、だれもが何らかのマインドコントロールによって自分自身をしばりつけているのが現実である。たとえば、お金の多寡が幸せに直結するとか、学校へ行かないと将来はないといった恐れは、小さいころからの教育によって植え付けられたものだ。そのため、多くの人がお金に振り回され、学校へ行けないことで悩む子どもが非常に多くなってきているのだ。

 お金や学校に限らず、私たちが、こうあれば幸せで、これは不幸だと思い込んでいることは、身のまわりにいくらでもある。人の好き嫌いとか、さまざまな感情についても、それは絶対のものではなくて、その多くが思い込みやとらわれからくるものではないのだろうか。

ここから解放されたら、どれほど楽になることができるかと思えてならない。

真氣光研修講座でのもっとも大きな効用のひとつは、このとらわれや思い込みから解放されることではないだろうか。氣を体験することで、見えるものがすべてだという思い込みから解放される。病気だとか貧困といったマイナスだと思い込んでいたものが、実は大事な気づきへのきっかけになっているということがわかる。そうした体験を通して、人は生き方を変えていく。

これは人生の財産である。

真氣光研修講座では、青山学院大学の石井光教授による内観行法が行われているが、この行法は、思い込みやとらわれから自分を解放されるために知恵であり方法である。真氣光とのコラボレーションは、先代の会長と石井教授との出会いによって実現した画期的な試みで、真氣光に内観が加わることによって、参加した人たちは、急速に心が解放され、長年のとらわれ、思い込みから自由になることができるのである。

「私は、第41回目の下田での研修講座に参加しました。そのあと、先代に『こんな人がいますよ』と、私のことを紹介してくれた人がいて、私の名刺を先代に渡したそうなんですね。先代はその名刺をもって部屋へ戻って行って、しばらくして出てきたら、『この人に話をしてもらおう』と言われたそうです。何かエネルギーを感じてくださったのでしょうかね。それで、生駒で研修が始まったころに、講座でお話をさせていただいて、それを先代に気に入っていただき、ずっと続いているという次第です」(石井教授)

 本当の幸せというのは、物質では語れるものではない。心や魂という部分に踏み込まないと見えてこない。真氣光も内観も、心や魂というレベルで幸せを考えるというベースがある。そこに共鳴現象が起こったのだろうと思う。


恨みの日の丸弁当が、感謝の日の丸弁当に変わる

 

 石井教授が、当時のことを振り返ってくれた。

「先代も今の会長も、自分の意識を上げなければならないとおっしゃっています。そして、意識を上げるには、感謝の心と人の幸せを願う心と反省の心と言われていますが、これはまさしく内観で求めていることと同じです。自分は人に迷惑をかけてないという人は病気の治りが遅いと、真氣光の本には書かれていました。

 私は、長い間内観をやってきた体験から、これは間違いないと確信しました」

 研修講座では、90分の講義の中で、石井教授が内観とは何か、内観をするとどんな変化があるのかといったお話をされ、15分ほど実際に自分の内側を見つめる内観が行われている。

「内観は、最終日に行われますので、エネルギーが充電されており、とてもやりやすいですね。非常に効果的な内観をすることができます」(石井教授)

 真氣光のエネルギーが満ちた場所で、意識の高まった人たちを対象に行っているので、短時間で心のが解放されていくのだが、実際には1週間というのが、内観の基本である。朝から晩まで110時間以上、1人で個室に閉じこもって、自分と自分のまわりの人たちとの関係をずっと考え続ける。考えるといっても、漠然と思いを巡らすということではなく、最初はお母さんについて、「してもらったこと」「してあげたこと」「迷惑をかけたこと」の三つの質問について、過去にさかのぼって、小学校に上がる前、小学校のとき、高校のとき、20歳代まで、30歳代まで・・・と、思い出していく。食事のときも、一人で黙々と食べながら、質問について考え続けるのだ。1時間半くらいに1度の割合で面接者が来て、「何を思い出しましたか?」と聞くので、思い出したことを語る。

 お母さんが終われば、お父さん、兄弟、配偶者、子どもなどについても、同じように思い出していく。そのことによって、両親や兄弟らとの関係が、思い込みをはずした事実として明らかになってくるのだ。

 しかし、そうは言われても、小さいころのことなど、忘れていることが多くて、どこまで思い出せるのだろうかと疑問に思ってしまう。石井教授によると、4日目くらいになって初めて、さまざまな気づきが湧き上がってくるのだそうだ。

1日目は、自分はこんなことをしていて1週間もつのだろうかと疑問に思います。一生懸命に思い出そうとするのだけれども、思い出せないことも多くて、2日目には思い出すことに退屈し、時間が長く感じられてきます。雑念も多くなってきます。

 3日目になると、思い出すべきことは全部思い出したという気持ちになり、家へ帰りたくなってきます。

 しかし、4日目、5日目になると感じが変わってきます。自分のことを思い出すとともに、相手の感情にも思いが及ぶようになります。たとえば、お母さんの作ってくれたお弁当はいつも日の丸弁当で、学校ではとても恥ずかしい思いをしたと、60年も母親を恨んでいた人がいました。しかし、内観をすることで、そのときの状況が思い出されます。貧しくて、お金も物もなくて、自分は弁当を食べられたけど、お母さんは満足に食事をしていなかったということに思い当たるんですね」

 この事実を記憶の中から見つけ出すことで、恨みの日の丸弁当は、感謝の日の丸弁当に変わるのだ。その人は、母親への恨みから解放され、ニコニコしながら帰って行ったという。


内観で行う3つの問いかけは、

人間のもっとも基本的なこと

 

「病気は治ったけど不幸せな人と、病気は治らないけど幸せな人と、どちらが幸せだと思いますか?」

 と、石井教授が問いかけてきた。

 一瞬、答えにとまどったけれども、難しい話ではない。病気は治らないけど幸せな人の方が幸せに決まっている。私たちは、病気さえ治れば、お金さえあったら、結婚できれば幸せだと考えがちである。でも、実際には、病気が治っても、お金持ちになっても、結婚しても幸せになれない人はいくらでもいるのだ。

 幸せというのは、物質的な満足では得られなくても、考え方、物の見方を変えれば簡単に得られるものだということだろう。そして、見方を変えることで得た幸せは、ちょっとした揺れで崩れることはない。

 たくさんの和歌を残して処刑された死刑囚がいた。その歌を読むと、心境の変化がよくわかると言う。

「最初は、失ったものに目が行き、耐えている自分を訴えるような内容なんですね。それが、刑の執行が近づくに連れて、得てきたものに目が向くようになるんですね。たとえば、夜間筆記が許されるようになった喜びとか感謝ですね。さらに、両親をはじめ、まわりに迷惑をかけてきたことも思い出す。

 そうすると、最後には、『ぼくは死刑囚ではありますが、幸せです』という手紙を父親に送ったりしています。これは、絶対的な幸せです」(石井教授)

 星野富広さんという口に絵筆をくわえてすてきな絵を描く方がいる。彼は、もともとは体育教師だったが、授業中に、鉄棒の大車輪をして見せたときに誤って鉄棒から真っ逆さまに落ち、脊椎を損傷して首から下がまったく動かなくなってしまった。4年間は、足が動けば、手が動けばと、失ったものを求めて地獄の苦しみを味う。

「そんな星野さんが、ある日、初めて車いすに乗って外出しました。そのとき、彼の心は喜びに満ちあふれました。体の状態は変わっていないのに、喜びを感じられたことによって、自分の首から下が動かないことを受け入れることができたのです。そこで初めて気がついたのが、『まだ、口は動く』という事実でした。そこで、彼は口に絵筆をとって絵を描こうと思い立ち、絶対の幸せを手に入れたのです」(石井教授)

 死刑囚も星野さんも、内観を受けたわけではない。自分が、明日は死ぬか、あるいは動くことができないという断崖絶壁に追い込まれたことで、自分を見つめ、そこで結果的に、「してもらったこと」「してあげたこと」「迷惑をかけたこと」の答えを見出して、事実を受け入れることによって、大きな心境の変化があったのだ。

「人間にとって、この3つの問いかけは、もっとも基本的なことではないのかと思います。真氣光でもそれをやっているし、内観でも得ることができます。

 でも、死刑囚の場合も星野さんも、大変な状況に追い込まれ、4年ほどの地獄の苦しみを得た上で、答えを見出しているわけです。それが、1週間でできれば、こんなにいいことはないわけですね。

 忙しいからと言われる方がいますが、真氣光なら4日間、内観なら1週間です。一生のうちのこれだけの時間を、自分とまわりの幸せのために生かしてもいいと思います」(石井教授)

 ある野球の強い高校では、レギュラークラスのメンバーに内観を受けさせたそうだ。すると、練習への取り組み方が大きく変わり、その年は甲子園出場が危ぶまれていたにもかかわらず、快進撃を続けて、甲子園に出場することができたと言う。1時間でも時間を惜しんで練習をしたいというのが監督や選手の思いだろうが、思い切って、1週間を内観に当てたことが吉と出たのだ。人生にも同じことが言えるだろうと思う。

 

毎日、3つの質問に答える習慣を

つけることで意識は高まる

 

 

 石井教授は、国内各地、ヨーロッパ、中国などで内観の指導を行っている。行き先々で人が変化してく様に直面し、まるで自分ごとのような感動を得られるのだと言う。

10歳のときに、母親が自分を置いて家を出て行ったことを恨んでいる方がいました。そのときのさみしさが、恨みになって、彼女はそれを心に持ち続けていたんですね。

 内観をして気づいたのは、自分を捨てて出ていったのは事実だけど、それまでは、ずっと面倒を見てくれていたということです。毎日、ご飯を作ってくれて、洗濯をしてくれるなど、してもらったことは山ほどあるわけです。それに、事情はわからないにしても、10歳の自分を置いて出ていくときの母親の気持ちはどうだっただろうと考えれば、大人になった自分にはよくわかるわけです。

 その気づきによって、母親への思いも変わり、それまでとはまったく違う人生を歩み始めるんですね。

 1週間の変化は、その後の大変な変化への序曲に過ぎません。それがうれしく、ずっとかかわっています」(石井教授)

 一日に一回でいいから、「してもらったこと」「してあげたこと」「迷惑をかけたこと」に意識を向けてほしいと石井教授は言う。その癖をつければ、たとえば、腹が立ったときでも、相手が自分のことを思ってやってくれたことではないだろうか、自分が迷惑をかけているのではないだろうかということが、瞬時に頭に浮かんで、腹立たしさから解放される。気持ち良く日常を過ごすトレーニングにもなるのである。

 石井教授の教え子の中学校教師は、朝の10分の学活の時間を使って内観をしているのだそうだ。家族の人に、「してもらったこと」「してあげたこと」「迷惑をかけたこと」をノートに書き込むのだ。教師自身も、生徒に対して、3つの質問に対する答えをノートに書く。

 それをすることで、クラスはとても落ち着いた雰囲気になったと言う。

 1週間という時間をとらなくても、毎日、自分の頭の中で3つの質問に答えたり、ノートに書いたりすることでも、確実に効果は上がるのである。まして、真氣光と内観とは、非常に相性がいい。真氣光を受けながら内観をすることで、意識は向上し、魂はますます輝きを増していくはずである。


月刊ハイゲンキ2010年9月号の「行動派たちの新世紀」に掲載したものです。

月刊ハイゲンキは、真氣光の㈱エスエーエスが毎月発行している会報誌です。

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