陸に上がったイルカたち

ヤッサンNetwork 第4回



「彼らはイルカに似ている。陸に上がったイルカだ!」

 唐突に湧き上がってきた思いだ。なぜそんなことを思ったのだろうか。あとからあれこれと理由を探しているうち、いい答えがぽっぽとひらめき出した。これはなかなか的を射ているぞと、一人、にやにやとしてしまった。

 彼らというのは、コウヤ君のような重度の障がいをもった人たちである。もし、イルカが陸に上がったとしたら、自分で自由に移動することはできないし、言葉でコミュニケーションをとることもできない。彼らのように、車いすでの生活になるだろうし、思いを自由に伝えられないもどかしさに悩むかもしれない。これが、最初にひらめいた理由だ。

  そして、もうひとつ。彼らがイルカと似ていると感じたのは、ぼくの心の中に込み上げてきた不思議な感覚によるものだった。きんこんの会という、国学院大学の柴田保之先生が主催する集まりがある。そこは、言葉がうまく出せない人たちが集まり、柴田先生の通訳を通して思いを伝え合う場だ。車いすの人、ストレッチャーに横になったままの子、自閉症やダウン症の人たち。きんこんの会や通訳の方法についてのお話は別の機会に書きたいと思うが、この会に出るたびに、ぼくは何とも言えない幸せ感に包まれるのだ。最初は、彼らとどう接すればいいのか戸惑いがあって、語り合いを遠巻きに見ているだけだった。しかし、彼らには何か人を引き付ける吸引力のようなものあり、徐々にぼくも彼らに近づいて、手を取ったり、言葉をかけたりできるようになった。交流が深まれば深まるほど、幸せ感は増していき、いつも一緒に参加する中学生の娘と、帰りに「なんか、幸せだね」と目を合わせるのだ。

 

 この感覚、どこかで味わったことがあるぞと振り返っていると、頭の中にイルカのイメージが飛び込んできた。そう、イルカと泳いだときの、あの幸せな気持ちと同じなのだ。ぼくは、20年以上前から、バハマやハワイ、御蔵島、小笠原などに野生のイルカと泳ぎに行っている。泳ぎがへたくそなので、かっこ良くは潜ったりできないのだが、それでも触れるほどの距離までイルカと接近したこともあるし、イルカがぼくのまわりをグルグルと回ってくれたりしたこともある。イルカと遊んで船に上がったときの気持ち。それが、きんこんの会から帰るときの心の状態とそっくりなのだ。これがふたつ目の理由である。

 昔々、人間が陸に上がったとき、イルカは海に残った。あるいは、いったん陸に上がったけれども、また海に帰っていった仲間たちだ。人間は陸で、イルカは海で進化した。離れ離れになった双子の兄弟と再会する喜びが、イルカと泳いだときの幸福感の根っ子にはあるのではないだろうか。

  コウヤ君たちとの関係でも、それと似たところがある。彼らは、他者とのコミュニケーションができないと思われてきた。だから、内なる自分と対話してきた。ぼくたちが外に向かって進化するのに対して、彼らは内に向かって意識を高めてきた。ぼくたちが陽の世界なら彼らは陰の世界。彼らにないものをぼくたちはもっているし、ぼくたちにないものを彼らはもっている。足りないものを補い合う関係が、彼らとの間にはある。彼らがいてこそ、ぼくたちは完璧になれるのである。人間とイルカは陸と海との統合。ぼくたちとコウヤ君たちは、外と内との統合。統合されたところには、喜びが生まれ出てくる。幸せがあふれてくるのだ。

 本書で紹介した詩から、コウヤ君の内なる世界をのぞいてほしい。最初は、「歩ける足、しゃべれる口がほしい」と願う。しかし、あるときから、彼は自分の置かれた状況を受け入れるようになる。それは、決してあきらめではない。彼は、このままの状態でも幸せなのだと気づくのだ。優しいママがいる。まわりも応援してくれるようになってきた。そこに喜びを見出すことができたのだ。

 さらに、成人したコウヤ君は、自分たちを取り巻く環境を、もっと良くするためにはどうしたらいいか、考え始めている。彼が綴った言葉だ。

20才になって本を出してもらって夢がかないます。でももっと大きな夢があって、社会を変えます。とくに、障がい児の教育について、立ち遅れることのないように発信します」

 つらい体験をしてきた当事者だからこそ発信しなければいけないという、強い意志を感じる。国学院大学の柴田先生や白雪姫プロジェクトの山元加津子先生をはじめ、コウヤ君をサポートしてくれる人も続々と現れてきている。たくさんの陸に上がったイルカたちが手を結び、ぼくたちも彼らの分身として、一緒になって世の中をいい方向に変えていかなければならない。陸に上がったイルカたちが暮らしやすい社会は、ぼくたちにとっても快適なはずだ。そういう意味で、彼らはぼくたちに進むべき道を教えてくれている。いざ、進もう! 陸に上がったイルカたちと。海のイルカたちも応援してくれているぞ。

 

*筆談の詩人・神原康弥さん「コウヤのロマン さくさくさく」のあとがきとして掲載した文章です。

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